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秋田地方裁判所 平成元年(行ウ)1号 判決

原告

男鹿市農業協同組合

右代表者理事

佐藤巌雄

右訴訟代理人弁護士

柴田久雄

被告

秋田県地方労働委員会

右代表者会長

伊勢正克

被告指定代理人

阿部譲二

外二名

被告補助参加人

秋田県農業協同組合労働組合

右代表者中央執行委員長

栗田勇

右訴訟代理人弁護士

深井昭二

主文

被告が、秋地労委昭和五九年(不)第三号男鹿市農業協同組合不当労働行為救済申立事件について、平成元年二月一五日付でなした救済命令のうち主文第一項を取り消す。

訴訟費用は、原告と被告との間に生じた分は被告の、原告と被告との間に生じた分は被告の、参加によって生じた分は被告の、参加によって生じた分は補助参加人の各負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

主文同旨

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、補助参加人秋田県農業協同組合労働組合(以下「農協労」という。)及び訴外三浦一郎(以下「三浦」という。)を申立人とし、原告を被申立人とする秋地労委昭和五九年(不)第三号男鹿市農業協同組合不当労働行為救済申立事件について、平成元年二月一五日付で左記主文の救済命令(以下「本件救済命令」という。)を発し、その命令書は同月二二日原告に送達された。

被申立人は、申立人三浦一郎をすみやかに加工課長に任命しなければならない。

申立人のその余の申立ては棄却する。

2  被告のなした本件救済命令は、事実を誤認し、労働組合法の解釈適用を誤り、労働委員会の裁量の範囲を逸脱して使用者の人事権を不当に制約し、信義則に反する人事を原告に強要する違法なものである。

(一) 本件救済命令は、原告が三浦を加工課長に任命しなければならないことを命じているが、それは、使用者の人事権を不当に拘束制約するものであって、労働委員会の裁量の範囲を逸脱する違法なものである。

本件救済命令によれば、申立時における原告の従業員は一二七名であり(なお、現在は正職員一一二名、臨時職員一九名、パート二〇名の合計一五一名である。)、昭和五九年五月一日の機構改革によって、専務理事、参事から直接課長に考え方が伝わる方がよいとの考えから、本所においては従来の部制を廃止して七課制にした旨認定している。この認定によれば、原告の本所における従業員は、参事を頂点としてそのすぐ下に七課長(ただし、平成元年二月一日から一〇課長)が併置されており、仮に課長間に多少その職責に軽重が考えられるとしても、一〇課長の一つである加工課長のポストに何人を任命するかは、原告にとってその業務遂行上極めて重要な人事権の行使といわなければならない。およそ、使用者がその雇用する労働者を積極的にいかなる部署につけていかなる職務に従事せしめるかは、当該使用者が企業を円滑に運営するためその責任においてなす人事権の行使にほかならないのであって、使用者の専権に属し、労働委員会を含めた行政機関は勿論のこと、司法機関においてもこれを強制することは許されない。もとより、現行法上、使用者の人事権の行使が司法機関或いは行政機関によって制約を受ける場合がないわけではない。ある労働者に対する解雇が無効とされ、或いは転勤の発令が取り消されるなどがその例である。しかし、これらの例では仮に解雇が無効とされ転勤の発令を取り消されたとしても、その結果は、使用者が一旦よしとしてなした旧の人事配置に戻るだけのことであって、その意味で使用者の意思と全く無関係ではない。しかしながら、本件救済命令は、これらの使用者の人事権の行使が消極的に制約を受けるのとは異なり、積極的に容喙を入れるものである。

(二) 本件救済命令は、原告の加工課長職が労働組合の組合員として両立しうる地位にあることを認めている。

しかしながら、昭和五九年五月一日の機構改革によって、専務理事、参事から直接課長に考え方が伝わる方がよいとの考えから本所においては従来の部制を廃止して七課制にし、平成元年二月一日からは一〇課制になっている。すなわち、原告の本所では、参事を頂点としてそのすぐ下に一〇課長が併置されており、仮に課長間に多少その職責に軽重が考えられるとしても、一〇課長の一つである加工課長職は、明らかに労働組合法二条但書一号で定める「その職務上の義務と責任とが当該労働組合の組合員としての誠意と責任とに直接てい触する監督的地位にある労働者その他使用者の利益を代表する者」に該当する。

現行の労働諸法は、使用者に利害相対立する概念として労働者ないし労働組合を位置づけている。そして、このように利害の対立する両者の立場を同一人が兼ねることは法の許容しないところである。法が利害の相対立する行為について両者の立場を兼ねることを禁じたのは、本人の利益の保護にあることはいうまでもないが、その根拠は人間としての道義にあるといわなければならない。民法一条二項によれば、「権利の行使及び義務の履行は信義に従い誠実に之を為すことを要す」と明記されており、この信義誠実の原則は、労働法の分野における労使関係についても当然適用されるべきである。ところで三浦は、たとえ課長に就任しても農協労の組合員として止まり、組合運動を続ける立場を極めて旗幟鮮明にしているものである。このように、たとえ加工課長に発令されても労働組合を脱退しないことを明言している三浦を本所の課長に任命しなければならない旨を命じた本件救済命令は、原告に対して信義誠実の原則に反する人事を強要するものである。

よって、本件救済命令のうち主文第一項の取り消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2は争う。

三  本件救済命令の適法性についての被告の主張及び原告の主張に対する反論

1  本件救済命令の理由は、別紙命令書理由欄記載のとおりであり、被告の認定した事実及び判断は正当である。

2  人事権に対する不当な介入であるという点について

労働組合法が、不当労働行為制度の実効性を担保するために、使用者の右規定違反行為に対して労働委員会という行政機関による救済命令の方法を採用したのは、使用者による組合活動侵害行為によって生じた状態を右命令によって直接是正することにより、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図るとともに、使用者の多様な不当労働行為に対してあらかじめその是正措置の内容を具体的に特定しておくことが困難かつ不適当であるため、労使関係について専門的知識経験を有する労働委員会に対し、その裁量により、個々の事案に応じた適切な是正措置を決定し、これを命ずる権限を委ねる趣旨に出たものと解される。このような労働委員会の裁量権はおのずから広きにわたることとなるが、もとより無制限ではあるわけではなく、右の趣旨、目的に由来する一定の限界が存するのであって、救済命令は、不当労働行為による被害の救済としての性質をもつものでなければならず、このことから導かれる一定の限界を超えることはできないものといわなければならない。しかし、労働委員会の救済命令の内容の適法性が争われる場合においても、裁判所は労働委員会の右裁量権を尊重し、その行使が右の趣旨、目的に照らして是認される範囲を越え、又は著しく不合理であって濫用にわたると認められるものでない限り、当該命令を違法とすべきではない。したがって、労働委員会の救済命令が使用者の人事権を拘束制約する場合であっても、そのことからただちに当該命令を違法とすべきではなく、本件救済命令が使用者の人事権を制約し、それが労働委員会の救済命令として是認し得ないものかまた著しく不合理とみなしうるものかとの観点からその違法性は検討されなければならない。

不当労働行為の一類型である昇格差別がなされた場合、その救済方法としては、①昇格差別の是正、②是正に伴う損失の回復、③将来の反復防止のための抽象的不作為命令、④ポストノーティスが考えられる。本件においては、②については損失は認められず、③については将来的に反復される可能性は比較的少なく、④については本件事案から総合的に判断してその必要性が認められなかったことから、これらについては救済の必要はなく、①の昇格差別の是正のみを命じたものである。

ところで、昇格には二つの側面が考えられる。つまり、その一つは昇給の一種としての側面であり、他の一つは、その本来の意味として、一定水準の能力と適性を要する地位への従業員の登用という側面である。そして、この後者の側面における昇格人事が使用者の人事権の中心的部分の行使であることは否定できない。しかしながら、たとえ人事権の中心的部分であっても、それが不当労働行為である場合にはまさに人事権を濫用したものにほかならないのであるから、救済方法としてはその濫用面を除去すると同時に、差別からの具体的、実質的回復のために当然人事権を制限する面が必要となるのである。そして、昇格差別に対する直接的かつ最も適切な救済方法は、人事権が正当に行使された場合のあるべき状態にすること、すなわち昇格をさせることである。その意味で、一般的に救済命令として昇格命令を発することは何ら違法性をもつものではない。現に差別があるのに、事件が昇格という特殊性を有する故にそれの原状回復が不可能とすれば、労働委員会の裁量の範囲は極めて狭少なものになるし、また救済の実効性も極めて弱体なものにならざるを得ない。もっとも、従業員の登用という側面をもつ昇格人事が、使用者の人事権の中心的部分であることに鑑み、とりわけ命ずべき地位が上級職制(ただし、いわゆる使用者の利益代表者ではない)である場合には、労働委員会は、救済命令を発するにあたり、使用者の人事権との調和に対する配慮が重要になる。つまり昇格内定あるいは慣例による昇格等当然昇格していたといった事情がない場合には、かかる地位への昇格命令は人事権への介入となるおそれがあるからである。そうすると、この場合には事件の具体的事実が最も重要となる。

そこで、本件の具体的事情についてみると、昭和五九年六月三〇日、原告は加工課長職の定年退職により後任を任命するにあたり、三浦及び訴外小山田易夫に対し、三浦は加工課長に適任だと思うが、同人は加工課長に任命されても労働組合を脱退しないであろうことを理由として、三浦を加工課長に昇任させることはできない旨の発言をし、結局、加工課長は購買課長が兼任することになるのである。そして、原告が、労働組合を三浦が脱退しないことを理由として加工課長に任命しない措置をとったのは、加工課長職を含む本所のすべての課長職が労働組合法二条但書一号のいわゆる使用者の利益代表者に該当するという判断に基づいたものであることは、原告の主張から明らかであり、かかる判断が誤りであったことは被告が命令書第2、2、(3)で判断したとおりである。更に本件審問の全過程を通じても、原告の三浦を加工課長に任命できないとする理由は上記理由のほかに窺うことはできなかったものである。したがって、これらの事実及び本件審問における両当事者の主張、立証を総合的に判断すると、三浦が労働組合を脱退しさえすれば、加工課長に任命されていたであろうことは容易に推認できるのである。以上のような本件の具体的事情のもとにあって、被告は、原告に対し、三浦を加工課長に任命するよう命ずることが必要かつ十分な措置であると判断したものであり、また、かかる措置を命じなければ救済の実効を挙げ得ないことは明らかである。

以上の事実認定及び判断によれば、本事件は加工課長へ昇格させなかったことの理由が、唯一、労働組合を脱退しないことのみであったことが極めて明らかなケースであったものであり、この意味から、通常、裁量権の限界の事例として扱われているものとは全く次元の異なる事件であったものというべきで、このことから、本件救済命令が、「不当労働行為制度の趣旨、目的に照らして是認される範囲を超え、または著しく不合理であって濫用にわたると認められる」余地のないものであることは明白であるとともに、原告の人事権に積極的に容喙するものとは到底いえないものと言わなければならない。

被告は、本件救済命令において加工課長という特定のポストを指定した。確かに、一般的にいえば、労働委員会は、ある従業員を特定のポストに任命するよう命ずることは困難である。なぜなら、経営責任を負わない労働委員会が、ある当該労働者にそのポストに必要な能力や適性があるかどうか判断することはできず、かかる命令を発することは使用者の人事権に介入することとなるからである。しかしながら、本件の具体的事実関係のもとにおいては、特定ポストへの昇格を命ずることはしごく当然の結論である。本件において、不当労働行為が行われたのは加工課長への任命をめぐってのことである。そして、先に述べたとおり、三浦の加工課長としての能力や適性については、原告としても敢えて争う姿勢は示さなかったものであり、かえってこれを認める発言も原告代表者は行っている。したがって、被告の命令は被告が直接三浦の能力、適性を評価判断してなされたものではなく、この点は当事者間の当然の前提としてあるものと判断したうえでなされたものである。そうすると、加工課長という特定のポストを命ずることは、三浦が労働組合員であるとの一点を除けば、原告の三浦に対する評価として決して相違するものではない。この点、仮に特定のポストでなく課長一般に命じた場合には、かえって人事権に介入する結果となる。なぜなら三浦が加工課長以外の課長にも適任であるとの事実は認められないのであり、仮にそのような評価を被告が行ったとしても、それは原告の評価と大きく相違する可能性を否定できないからである。そして、加工課長に任命するよう命ずることが本件の救済としては最も直接的でありかつ十分なのであって、それ以上の救済を考える必要もないのである。

また、特定ポストを命ずることにより特に限られたポストであれば、既に任命されている第三者の利益を害することになることも考えられる。しかし、これは特定ポストに対する昇格命令に限った事態ではない。一般的に、使用者が人事権を濫用して行った不当労働行為の場合には、例えば解雇であれ、配転であれ、常に同様の事態が想定される。そして、かかる場合に、既にポストがないことを理由として直接的な救済命令を発することが不可能であるとすれば、不当労働行為救済制度そのものの実効性は著しく減殺される結果となる。例えば、使用者が不当労働行為により当該従業員を排除し、直ちに当該ポストに別の従業員を発令すれば、排除された従業員はたとえ救済命令を受けても、原職に復帰することが不可能となり、著しい不利益が残ることとなるのである。敢えて言えば、使用者の不当労働行為のやり得の結果を招来するのである。かかる不当な結果を招来しないためには、救済命令により影響を受ける第三者の処遇は、不当労働行為を行った使用者の責任において処理されるべきことが当然要求されるのである。

労働委員会が個別・具体的に特定労働者の特定職位への昇格を命ずる場合、使用者の人事権として行う一定水準の能力と適性を要する地位への従業員の登用という権限を結果的に制約することになることは否定できない。しかしながら、それは不当労働行為制度の本質から来る当然の帰結である。もちろん労働委員会としては、救済命令を発するにあたり使用者の人事権との調和に十分な配慮は必要である。しかし、本件における前記のような具体的事情をみるとき、原告の不当労働行為がなかったならば、三浦が加工課長に任命されていたであろうことはほとんど疑いを入れないところであり、この意味で裁量権の限界事例の問題とは程遠い事件であったということができ、また、本件不当労働行為の時点では昇格すべき加工課長のポストが空席であったことも考え併せると、加工課長という特定のポストへの昇格命令は最も適切かつ当然の救済方法であったというべきである。

3  信義則違反について

加工課長は、その職務権限内容、職務の実態等からみて、労働組合法二条但書一号のいわゆる使用者の利益代表者には該当しないこと明らかであり、利益が相反するとか信義則に反するとかの問題は全く生じない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実については、当事者間に争いがない。

二本件救済命令の適法性

1  不当労働行為の成否

(一)  本件に至る経緯について

当事者間に争いのない事実、〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

(1) 三浦は、昭和五四年九月三〇日、原告の農産課長補佐に任命された後、昭和五五年七月一日、総務課長に任命された。しかし、三浦は、当時農協労書記長及び分会長であったことから、総務課長と労働組合員とは両立しないと考え、しばらくこれを留保したが、総務課長経験者から総務課長の仕事内容や職務権限について事情を聞き、管理職としての仕事はほとんどなく、労働組合員との両立は可能と判断して右総務課長の辞令を受け取った。なお、原告と農協労との間には、昭和五一年一一月一七日、非組合員の範囲は、「参事、部長、課長、支所長」とする旨の和解協定が成立していたが、農協労は、課長職の実際の業務内容は当時想定していたものからは権限的にも大きくかけ離れたものであったとして、昭和五四年一一月一五日、原告に対し、右和解協定の破棄を通告するとともに、組合員の範囲を本所事務所内の課長、支所長待遇職、課長補佐、支所長補佐、一般職員、常用的臨時職員とする旨通告していた。

(2) その後、課長職は非組合員であるとの立場に立つ原告と、課長職は管理職ではないとの立場に立ち課長職も組合員であるとする農協労との間で、三浦の組合員資格について紛争が生じ、原告は、総務課長になりながら労働組合を脱退しない場合は三浦を処分するとの態度を示し、原告が、三浦が分会長として押印してある夏期手当の要求書は受領できないとの態度をとったため、三浦はこれが原因で交渉に支障をきたすことを懸念し、三浦の組合員資格について、農協労内部で結論が出るまでとりあえず農協労を脱退することにし、昭和五五年七月一九日に分会を、同月二一日に農協労をそれぞれ脱退した。

(3) 同年一一月二日、農協労の大会が開かれ、組合員の範囲に関する規約につき、従来、労働組合法二条但書一号に該当するもの及び中央執行委員会において、除くを適当と認めたものは非組合員であるとされていたものを、中央執行委員会において、除くを適当と認めたものは非組合員である旨に改正し、昭和五六年二月七日、農協労は「中央執行委員会において、除くを適当と認めたもの」とは「参事、部長」である旨を原告に通告した。三浦は、この大会の決定を踏まえ、農協労への再加入を決意し、他の課長に対しても加入呼び掛けを行い、昭和五六年一月一日、正式に加入申し込みをした。

(4) 昭和五六年二月二七日、原告は、三浦に対し、和解協定により非組合員の範囲とされている課長職にありながら農協労への加入勧誘を行い、上司がかかる行為をしないよう数回注意するも従わないとの理由で、一〇日間の出勤停止処分を行った。これに対し、三浦は、懲戒処分は無効であるとして、同年三月二三日、秋田地方裁判所に懲戒処分の無効確認等を求めて提訴した。提訴に伴い、原告は、訴訟に関する事務がすべて総務課の所管であるため、訴訟の当事者を総務課長にしておくことは不適当であるとして、同月三一日、三浦を加工課長に配置替えした。

(5) 昭和五七年六月一日、機構改革が行われ、別紙1から別紙2のように改革された。この機構改革により、加工課が購買課に統合されたため、三浦は課長待遇の購買課課長補佐に任命された。また、同時に給油課も事業課に統合され、給油課長であった佐々木一義も課長待遇の事業課課長補佐となった。

(6) 昭和五九年五月一日、原告は、別紙3のとおり機構改革を行った。この機構改革により、従来の加工場と給油センターがそれぞれ加工課、燃料課となり、燃料課長には給油センター所長であった佐々木一義が任命され、加工課長には小山田兼治が任命された。また、三浦は課長待遇の加工課長補佐に任命された。

(7) 同年六月三〇日午前一〇時ころ、三浦が佐藤組合長に呼ばれ役員室に行ったところ、佐藤組合長と三浦兼雄参事とから小山田課長の定年退職に伴う後任の人事の話があり、佐藤組合長は、加工課長としては三浦は適任だと思うが、裁判が進んでいるし、いろんないきさつもあるから課長にはできないので、大森購買課長を加工課長兼任にすると話した。同日午前一一時ころ、小山田易夫分会長が役員室に呼ばれ、佐藤組合長は、本来ならば三浦は加工課長にすべき人材であるが、多分彼は課長の辞令を交付しても労働組合を脱退しないであろうし、いま裁判の最中でもあり、理事会の確認でもあるので裁判の判決が出るまでの間は購買課長の大森に加工課長を兼任してもらうという趣旨の話をした。

(8) 同年七月一日、大森購買課長が加工課長を兼任した。

(9) 同年八月一三日、農協労と三浦は、三浦が農協労を脱退しないことを理由に同人を課長に任命しないことは労働組合法七条第一号及び第三号に該当する不当労働行為であるとして、被告に対し、不当労働行為救済申立てを行った。

(10) 加工課の業務は、醤油や味噌の加工が中心であったが、その出荷量は昭和四八年ころから減少し続け、昭和五二年からは赤字になっていたところ、三浦は、加工課長及び加工課長補佐時代、味噌の委託加工を開始し、また醤油についても製造機械の改善等により品質の向上を図り、新製品の開発、製造を行うなど業務の改革を行った結果、加工場の出荷量は上昇に転じ、単年度収支も徐々に改善の方向に向かった。

以上の認定を左右する証拠はない。

(二)  加工課長の職務権限について

〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件命令当時の原告の機構は別紙4のとおりであるが、原告の本所における役付職員は参事以下課長補佐までであり、これらの者は職務手当ての支給を受けている。

(2) 加工課は、加工業務及びそれに関する事項をその分掌業務とするが、加工課長は基本的な権限として、課の業務を課の職員に割当て、これを指揮監督して、業務を遂行し、その結果を参事に報告する、業務を遂行するために必要な事項を参事に提案する、支所業務目標を支所長に指示する、軽微な事項について直接支所長に職務権限を行使する、他の課長及び支所長と密接な連絡協調を保ち、業務遂行の万全を期するなどの職務権限を有している。そして、加工課の長として、人事及び労務に関しては、配属職員の担当業務決定、就業管理、賜暇、欠勤、遅刻、早退、時間外休日勤務及び出張につき決定権限を有し、所属職員の考課、季節的業務等三か月未満の臨時雇入につき立案又は検証の権限を有している。

(3) 人事異動につき管理課長を除きその他の課長が意見を求められることはほとんどなく、原告が農協労や分会と団体交渉を行う際には、管理課長を除きその他の課長が出席することもほとんどなかった。

原告の職務規定には課長、支所長全員と参事及び役員で構成される企画会議が定められており、昭和五四年の職制規定では事業方針の策定や事業推進計画などを付議することとされているが、昭和五九年に職制規定が改正されてからは、付議事項が明確に規定されていない。また、この企画会議は実際に長らく開かれたことはなく、昭和六三年一月に一度開かれたことがあるのみである。

原告は、長い間人事考課を行っていなかったが、昭和五九年七月一日に人事考課取扱要領を制定施行し、昭和六三年三月から人事考課を始めた。補佐職及び一般職については、まず、課長及び支所長がそれぞれ所属の職員につき、人事考課取扱要領に定められた人事考課表に基づき、一六項目の考課要素についてaないしeの評定をして、第一次考課者の欄に記入をして参事に上申し、その後、参事が第二次考課者として評定し、専務理事に上申し、最終的な決定は組合長の権限で行われている、考課表は参事が保管しており、課長及び支所長は、所属職員の最終的な考課の結果については知らされていない。

以上の事実が認められ、右の認定を妨げる証拠はない。

(三)  そこで、不当労働行為の成否について判断する。

右のような事実関係の下で、原告が三浦に対してとった措置が労働組合法七条一号にいう「不利益取扱」に該当するか否か、について判断する。

不利益取扱とは、合理的理由なく、労働者を組合員であること又は正当な組合活動をすることを理由に不利益な取扱をすること、すなわち、他と異なる差別的待遇をし、もって組合活動を弱体化させる行為であると理解される。

ところで、前記(二)の(1)、(2)の事実によれば、原告においては、加工課長は管理職としての権限も有してはいるものの、その権限は労働組合法二条但書一号にいう「雇入れ解雇昇進又は異動」に関するものではないし、「使用者の労働関係についての計画と方針とに関する機密の事項」に関するものともいえない。また、(二)の(3)で認定した事実によれば、課長職が「使用者の労働関係についての計画と方針とに関する機密の事項に接する立場」にあったということもできない。したがって、加工課長はいわゆる労働組合法二条但書一号にいう「利益代表者」には該当しないものということができる。

また、前記(一)で認定したとおり、原告は、課長職は非組合員であるとの主張を固持し、課長職にありながら組合を脱退しない場合には三浦を処分するとの態度を示したり、三浦が分会長として押印してある夏期手当ての要求書を受領できないとの態度をとったり、課長職にありながら農協労への加入勧誘を行い、上司がかかる行為をしないように数回注意するも従わないとの理由で一〇日間の出勤停止処分にしたこと等の事実に照らせば、原告は課長職になっても組合を止めない三浦を嫌悪していたものと推認される。

更に、機構改革により課長職から課長補佐になった者が三浦の他にもいたところ、昭和五九年五月一日の機構改革の際、他の一名はそのまま、課長補佐から課長になっているが、三浦は加工課長及び課長補佐時代に業績を挙げているのにもかかわらず、課長補佐に止どまっていることなどの事実を総合すれば、原告が三浦を課長職にしなかったのは、三浦がたとえ課長になっても組合員を止めないことを理由とするものであると充分に推認することができる。

しかしながら、右事由をもって直ちに労働組合法七条一号の「不利益取扱」にあたるということはできない。

なぜなら、企業において、管理職ポストは、企業の方針貫徹のための指揮命令系統の中枢を形成し、企業の人事権に本来委ねられるべきものであるから、右のようなポストにある人物を起用しないことが当該労働者にとって「不利益取扱」であるというためには、当該労働者の保有している条件の下では、通常、そのような昇格がほぼ例外なく行われていて、そのように処遇されないことが他の労働者に比較して待遇の上で公平を欠く、というような特別の事情が必要であり(このような場合は、企業のもつ人事権の裁量ということを考慮する必要がなくなる。)、そうでない場合(右のような特別の事情がない場合)は、単に労働者の側だけから見た不利益性判断と同時に、企業の側からする合理的な人事権の行使という観点からの考察が不可欠となるからである。

本件弁論の全趣旨によれば、原告においては、課長職は勤続年数に応じて誰もが均等に昇格できるようなポストではなく、原告の理事会が当該人物の能力、適性を判断した上で、特に昇格させる上級職制たる役職であること、他方で、三浦は経済的待遇の側面に関する限り、既に課長職と同一の待遇を受けているものであって、この面における不利益を伴っているものではないことが認められ、更に、加工課長職が、いわゆる「利益代表者」には該当しないとしても、その極く密接な周辺部分に位置する上級職制であることは、課長職の組合員資格を巡っての原告と補佐参加人組合間の前記認定のとおりの紛争の経緯からも明らかである。

そうすると、原告が三浦を加工課長職に起用しなかったのは、三浦が組合員であり、課長になっても組合を止めないことを理由としたものではあるけれども、他方で、原告は三浦のそのような職場での在り方、勤務態度を上級職制たる加工課長にはふさわしくないと判断した結果であるとみることもできる。そして、原告がそのような判断をしたことの合理性について検討するのに、前記認定のとおり、課長職が組合員の範囲に含まれるかどうかについては、昭和五一年一一月一七日以来、これを非組合員とする旨の労使間和解協定が成立していたところ、昭和五四年一一月一五日、農協労が右和解協定を破棄する旨通告して以来、右の問題を巡って労使紛争が継続し、いわば労使間の懸案であったのである。そして、課長たる地位と組合員たる地位の併有、共存を主張する三浦の主張は、農協労の立場であるが、右主張は使用者たる原告の容認するところではなく、未だ、労使間の合意、協定に達していない事項である以上、原告が右のような状況の下で、三浦を直ちに課長職たる地位に配置しなかったとしても、原告の側にとってはそれなりの合理性が存在するものと考えられる。そして、経済的側面に関する限り、三浦は既に原告により課長待遇を受けているのであり、この面での不利益性を認めることはできないのであるから、結局は、三浦をどのようなポストに配置し、原告の組織体の中で活動させるかの問題が残るのみとなる。そうすると、それは、本来、企業経営に責任を持つ原告の、使用者としての人事権行使に伴う裁量の範囲内のものとみることも充分に可能であるといわなければならない。

そうだとすると、原告の三浦に対してとった右の措置をもって直ちに労働組合法七条一号にいう不利益取扱、すなわち合理的理由なく労働者を差別待遇し、もって組合運動を弱体化させることを主たる動機とする行為というには多分に疑問があることになる。

しかし、被告は、原告が三浦を加工課長にしなかったことそれ自体をもって不利益取扱であるとし、その原状回復として同人を原告の加工課長に命ずる旨の救済処置をとっているので、次に、更に進んで、被告の右措置の適否についても判断する。

2  救済措置の適否について

そこで、仮に被告のように、三浦を加工課長にしなかったことが不当労働行為になるとして、労働委員会としてどのような救済措置を取り得るかについて考える。

被告は、三浦を原告の加工課長に直ちに任命することを不当労働行為に対する具体的救済方法として選択した。

労働委員会は、不当労働行為から生じた状態を迅速且つ直接に是正すべき機関として、個々の事案に応じた適切な是正措置を選択し、これを命ずる権限を有するものであるから、自ずから広範な裁量権を有することとなるが、また同時に、このような裁量にも、制度の趣旨、目的に由来する一定の合理的な限界が存在するものと思料される。訴訟において、労働委員会の救済命令の内容の適否が争われる場合にも、裁判所は、労働委員会の右裁量権を尊重し、その行使が右の趣旨、目的に照らして是認される範囲を超え、又は著しく不合理であって濫用にわたると認められるものではない限り、当該命令を違法とすべきではない(最判昭和五二年二月二三日民集三一巻一号九三頁)が、右限界を超えたものと認められる場合にはこれを違法として取消されることも又やむを得ないところである。

ところで、組織体における指揮命令系統のラインに繋がるポスト、とりわけ上級職制にどのような人物をもって充てるかは、通常、当該組織体の運営にとって最重要の位置付けを有するものと思料され、本来、その組織体の運営に責任を有する機関が、当該組織体を円滑に運営するため、自らの意思で、その責任において決定すべき人事権の行使であって、本来、使用者の専権に属すべき筋合いである。したがって、当該組織体の運営、経営について何等の最終的責任を保有する訳ではない第三者機関が、具体的ポストを指定してこれを当該企業に命ずることは、通常、当該組織体の運営、人事権に介入する結果となるのであって、ある条件の下ではそのような昇格が例外なく行われるというような特別の事情がない限り原則として許されないものと解するのが相当である。

これを本件についてみるのに、加工課長職は、前記認定のとおり、利益代表者とは言えないものの、管理職としての権限を有しており、課長職は、原告においては参事の下に一〇人の課長しか置かれてはおらず、それぞれの課長職の職責に軽重のあることを考慮に入れても、一〇課長のうちの一つにどのような人物を以て充てるかは原告にとって業務遂行上重要な人事権の行使とみざるを得ない。

また、既に述べたとおり、原告においては課長職は勤続年数に応じて誰でもが均等に昇格するようなポストではなく、原告の理事会が当該人物の能力、適性、人格その他諸々の要素を総合判断して昇格させる地位であることが認められ、その意味において加工課長を含めて原告における課長職は原告の指揮管理系統の系列における上級職制たる役職に属するものと考えられる。

かような場合、労働委員会としては、救済命令を発するとしても、組合員であることを理由として昇格につき差別してはならないことを一般的に命じることができるのが限度であり、当該企業における具体的ポストを指定した昇格命令を発することは、原告が本来専有する人事権を不当に制約するもので是認し難いという他はない。

以上によれば、本件において、被告が原告のとった措置を直ちに「不利益取扱」であるとした認定には多分に疑問があるばかりか、それに対する救済措置として前記の内容の昇格を命じたことは、原告の人事権を侵害するものであり、労働委員会としての裁量の範囲を逸脱した違法のものというほかはない。

よって、本件救済命令はいずれにせよ取り消しを免れないものである。

三以上によれば、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用(参加により生じた費用も含む。)については行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九四条後段を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官秋山賢三 裁判官加々美博久 裁判官川本清巌)

別紙〈省略〉

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